女性のための心理学と生物学をベースとするメンタルヘルス

コラム 【こころの取扱説明書】
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【こころの取扱説明書】
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コロナウィルスの誤情報による、トイレットペーパー買い占めをする人の心理






新型コロナウイルスのせいで誰もが神経質になって、トイレットペーパーの原材料が中国から輸入できなくなるというデマが飛び、買い占めが起きたのは、人間心理からすると意外な行動ではなく、うなずける行動でしょう。正式な情報はトイレットペーパーの供給量には全く問題がないという事です。情報に振り回されず自分の判断に注意を向けると、今回のように我先に並び、トイレットペーパーを買いに走ることは無くなりますが、人は日常的にたくさんのことを考えて、それによって頭の中が一杯になっていると言えます。自分の頭で考えることをせず、周りの人を頼りに行動し、生活をしています。これを心理学では“自動操縦状態”と呼びます。私たちは、歩いたり、食べたり、食器を洗ったり、テレビを観たり、自転車に乗ったりしている時、自分ではそのことに集中しているつもりでも、他のことを考えながら行動して生きています。人は多数の人が行っていることが正しいと考え、自分もその判断にしたがって行動する傾向があります。このような人の行動を心理学では“社会的証明の原理”と言います。「みんながすることは正しい」となる行動が強く働く条件の一つに『不確かさ』つまり状況の意味が不明確、曖昧な時に多くの人がしている行動を正しいと判断します。今回のコロナウイルス対応は、色々な憶測が飛び交い正しい行動が分からない、自分がどう振舞えばいいのか分からない時に、参考になる他人の行動を基準にします。この不確かさが社会的証明の原理を強くし、多くの人が買い占めてしまいます。SNSの投稿も拍車を掛けた一つの要因でしょうか。例えば流行の洋服が欲しいとなった時、自分の好きな人や、憧れのタレントが掲載された雑誌の情報が正しいと思って、同じ行動をとりたくなったりしませんか?これが社会心理学であり。バーゲン情報に惑わされて買う行動も同じ現象と言えます。自分と同じようにウイルスなどに不安を抱えた人たちが、トイレットペーパーなどを買い占める行動をしていたらそれが正しいと思い、店員さんに制止されても周りに流されて行動するのです。「原料が輸入されないかもしれない」「政府が本当のことを話していない」とハッキリとした答えがよくわかりません。この不確かな状況に、多くの人がしている行動を頼りに判断し強化させてしまいます。周りが買うならそれが正しいと思ってしまう。

例えば、ラーメン屋で10席のA店と20席のB店があります。A店とB店ともに20人のお客さんがいるとします。その場合、A店は外に10人が並んでいる状態で、B店は満席ながらも外には1人も並んでいない状態です。この場合は、外から見たらA店のほうが繁盛店に見えますよね。その行列がさらに人を呼びこんでどんどん人が増えていくわけです。ラーメン店が比較的に席を少なくするのはこういった心理を応用しています。この原理を考えれば買占め騒動も、人の心理に基づいた行動と言えますね。ある行動を遂行する人が多い程、人はそれが正しい行動だと判断し、買い占めに参加してしまう。多くの人が行っている行為が正しいという集団心理学を利用し“多くの人が行っていることを正しいと判断する”ということは都合がいいのです。なぜなら大抵の場合は自分の状況が不確かである場合、多くの人が行っている行動の方がうまく機能すると思うのです。起業家で言えば、多くの成功者がやってきた習慣を真似して成長する。このように社会心理学は大きな助けになる反面、弱点にもなりうる、情報そのものが間違っていた時、トイレットペーパーの買い占めのような事が起きてしまう。こういった社会心理学で損をしないためにできる対処法はなんでしょう?初めに話した"自動操縦状態"を解除すること。どういうことかというと、人は”不確かなとき”周りの人の行動を頼りに、「多くの人が行っていること」は正しいと判断しています。その状況そのものが自動操縦状態になっているということです。情報に違和感を覚えたり、疑問を抱いた時は自分の中の自動操縦状態をリセットすることです。頭で考える事と行動が不一致になっているというのは、実は目の前のことに集中できていないということです。しかもそれは意識をしてやっているわけではありません。「他人は自分の知らない何かを知っているに違いない」と周りの状況を都合よく判断してしまいます。特に自信が持てない時ほど、周りの知識や言葉を過度に信用してしまいます。今の状況な中にあるほかの根拠を考えてみる、客観的な事実は何か、自分の過去の経験、自分の直感を信じるなど、頭の中を整理し、自己理解を深めましょう。これが自分の取扱説明書を作成する行動になります。人は賢い生き物です。何か不安な時は“自動操縦状態”になっていないかと気がついてスイッチを切る、情報を冷静に整理することができたら、間違った社会心理学のから抜けることができます。

 

桃の花は、昔から邪気を祓う力があると言われています。コロナウイルス感染による厳しい状況、辛い環境に居る皆様に心よりお見舞い申し上げます。




2020-03-05 09:10:01

誰も一人ぼっちにさせない


【NHK土曜ドラマ「心の傷を癒すということ」】

 

1995117日に発生した阪神淡路大震災。その際、被災者の「心のケア」に奮闘した精神科医のヒューマンドラマ。



今では当たり前のように考えられている「心のケア」の実践に道筋をつけたパイオニア、主人公・和隆のモデルになった、精神科医安克昌医師が「心に傷を抱え、弱った人や遅れた人を切り捨てるのではなく、ちゃんと寄り添っていく。誰も一人ぼっちにさせない。」ことを願ったセリフを耳にした時、私の心がざわついた。

 

令和の時代、心理職の活動をどのくらいの人が知っていてくれているのだろうかと不安になる時がある、心理職として実践する意味を必死に訴えてしまう私の言葉が、逆に「こうあるべき」と聞こえるらしく、怖さを与えていると率直に、笑いながら話してくれた人がいる。



私の書く文章から与える人物像と、実際のイメージが違うらしい。



その逆に文章を読む前に私を知っていると、伝えたい思いを理解し意図がわかって安心して信頼できたと話してくれた人がいたり。



捉え方、見え方はこれまでに生きてきた社会環境のものさしで測られる。



どれも正しくて、どれも間違っている。

~あなたは、あなたのままでいい~

それを伝えたいだけなんだけどね。

 

一部を切り取り、真逆に受け取られてしまう時にこれ以上話すことをやめようと思う。



私が一生懸命に伝え必要性を話すほど、熱が入ってしまい空回りし、人が離れてしまうのなら、必要としてくれる人だけに手を差し伸べようと弱気になる。



そんな時、必ずといっていいほど力を与えてくれる若い人に巡り会うことができる。日本を変える可能性を秘めた若者がいる。そんな若い人の存在が今の原動力になる。



ドラマの安先生の「やりたい事リスト」ノートに、

・平凡ではあるが、暖かみのある臨床深いところで治癒力を引き出す、一歩先のスタイルの診療。

・コンプレックスを越える本を書く。

 

・EMOR(トラウマの治療法の一つ)合宿学会に参加し、指定医師資格更新。

 

・病院地域連携室と協力体制取り組み。

 

・学校で心のケア体験をする。

とある。

 

20数年前に書かれた本に、心理職が国家資格になった理由が書かれているように思うと、少しずつであるが心理職の本来あるべき姿を多くの人が理解してくれる日がくると思えた。一度この本を読んでみよう。

 

個の存在を大切にできる世の中であって欲しいと願う。

 

学校で「心のケア体験」が学べないのかと考えている。同じ想いの医師がいたことに安心し、安医師の想いが心に残り、ドラマ化されたことに心から安堵する。

 

ひとつひとつが繋がり渦になり、「誰もひとりにしない日本」になるといい。

 

安先生の著書に『悲しみ、苦しみを言葉にすることは、はしたないことでない。』とあるそうだ。医師は患者さんにそう話せても、自分に置き換えると言えない。

 

心理職も同じことが起きる。

私のパートナーが病気になり病名を聞いた時、泣けなかった、泣かなかった。泣きたいのは私以上にパートナーであると思うと泣けなかった。辛いのは私ではない。

 

医師から治療方針を聞き、あれこれ私の考えや気持ちを伝えても、当事者が首を縦に振らない限り、その治療法を押し付けることができない。この時に初めて心理職に就いたことを悔やんだ。

悲しみのどん底に居るのは私でない。

頑張っていることを知っている。

「頑張って」と言うことは簡単だ。

未来が不安なのに「頑張ろう」と言えない。

 

相手の気持ちを尊重し過ぎてしまう・・・

 

「バカだな~、こんな時ぐらい本音で話せばいいのに」と、ひとりで泣いた。

安医師も肝臓がんが判明した時、

泣く妻に優しく言葉を掛ける姿に、自分の気持ちと重なり身に沁みる。

 

安医師も誰も居ない部屋で、ひとりで「怖い」と泣いた。

 

こころのケアとは、「誰もひとりぼっちにさせない」この想いを持って、私は心理職を続けている。世の中に心理職というカテゴリが定着することを願って・・・心理職が国家資格になってから自分の意志がぶれない為に「心理家」と言葉にしている。

 

そして自分に出来るケアをやり続けていこうと、気持ち新たに思う物語であった。

 

出会いは必然

出会いは感動

出会いに感謝

 

君はひとりではない。

私は君を信じている。

 



2020-02-09 21:14:01

木村拓哉主演の「教場」ドラマから学ぶ


「自分を大切にできた時に他者に対するおもいやりが育まれる。」相手にベクトルを向けるにも、自己を知り、自己を愛し、自己を赦すことができないと、他者には同じことはできない。

 

村拓哉主演の「教場」を見ましたか?警察学校の内情を描いたドラマです。

 

警察になるということはどういうことなのか、まさに体に叩き込む。「罵倒されても我慢しろ」「街中で酔っぱらいに絡まれでも我慢しろ」「怖いなら辞めてもいい」「警察官は忍耐だと覚えておけ」木村が演じる風間教官の鋭い言葉ジンジンと心を揺るがし痛くなる。

 警察は悪い人を捕まえて終わりではない。その裏で、様々な作業に忙殺されて、本来の守るパトロールに手が回らなくなってしまう。風間教官の教えは一見、冷ややかだが真理をついている。そして、生徒たちにこう尋ねる「君は、なぜ警察官を目指す?」と。その言葉を自分が就いている“職業に変えてもしっくりとはまるセリフ


 憧れているだけでは、理想と現実の間に打ち砕かれてしまうことがある。ときには、その世界に居ることで自分を落とし込む出来事に出会い、向き合い、這い上がるほどの強さがなければ、足がすくんでしまうような大きな波に呑み込まれる。誰かを基準にしていると本当のゴールが見えなくなる。生き残ろうとする者には、いくらでも悪魔のささやきあるし、協力者を間違えれば一緒に堕ちることも……。職業に就くとは想像よりも遥かに厳しい環境で、報われることなんて、ほんの一瞬しかない。それでも、その職に身を置き続ける覚悟はあるのかを、木村が扮する風間教官の問い詰めは鋭い。

 

圧倒的威圧感と残酷性で鮮やかに対応していくのは、優秀な警察官を育てるためではなく、適性を見て、適しない者をふるい落とすこと。これはどこの職場でも起きる。

 

しかし、自分のはけ口モラハラスメントではいけない。

 

風間教官は厳格で、殺気を感じるが、その裏に愛あり愛こそが厳しくなる技である。目の奥に宿る冷静な炎優しさ溢れているように思うのはわたしだけだろうか?

 

仕事に就くといことは、仕事を通じ、相手の存在を認めて敬気持ち最も大切になる

 

ものに溢れている世の中で“本当の優しさ”が見えない時があり、本当の愛を見失う。

 

演じる役者のそれぞれのセリフが今の社会を反映する。

 

自分は自分、人は人、本当の意味を履き違えているように思うのは私だけなのだろうか?人それぞれの価値があり、優劣などありえない、今の日本はどこか歪んでいると思う

 

自分の上辺だけを理解してはいけない根底の心の動きを知ると本来の“自分は自分 人は人”と心地よく切り離せて、抵抗なく相手の価値を認めることができる。

大島優子演じる「傷つけて、傷つけられても、どちらも辛い。」このセリフにどれだけ人が共感したであろうか?深い心理が隠されたセリフ。

 

大切な人や物を失った悲しみから、奪い取った人を勘違いし思い込みで人を傷つけてしまう。この経験は誰にでもあるではないか?

 

わたしは傷つけられたことよりも、傷つけてしまった痛みを覚えていたい。

 

風間教官の「人を傷つけた者は人に優しくできる」これにもうなずける。

 

傷つけたことへの罪悪感よりも、信じることができない罪悪感。風間教官の過去の記憶が、素質があるのにあやふやな気持ち、憧れの気持ち、思い込みは、職務に一番に人を傷つける。警察官を目指す生徒の隙を見つけ、冷たく退所届を突きつける真意とは。全うしたい職務に就けない者、心が弱すぎて就けない者、それぞれの人生を見極める鋭い目は相手を想う心があるからこそできるむろん犯罪者は即刻の退所である。厳しく警察官を育成する姿をどのように感じ、見たのであろうね。父性・母性・冷静に物事を見極める姿に何を感じたのか。

 

「苦しむ人の側にいる警察官になりたい。」都築耀太のセリフが心理職として同化する。

 

心理職も相手の気持ちに添う仕事である。真実ばかり突き詰めてしまうと相手が辛くなる、言動は本人なりの理由と意味があるこうであって欲しい自分の気持ちは横に置く作業が楽にできるまで、何年の月日を経たであろう。心理家とはっきり言葉にし、卓越するには10年20年と必要になるそう思えたから「心理家です」と言葉に出来る。

 

自分を大切にし、愛し、敬い、赦しを請う作業永遠であり、どの職種も同じことの繰り返し、そこから自分らしさが育ち花開く焦らず、ゆっくり今ここから・・・。

 

夢を叶え、結果に繋がるには、自分の意思を決断し、言葉にする勇気と覚悟の連続のなかにあると思えたドラマであった。

 

微動だせず、見続けたドラマ。

 

どの職種であっても、選んでいただいたことを忘れないことが一番のおもてなし。

 

君が求める人生になるまで、わたしを選んでいただいた君に心理職として尽力する。


2020-01-19 10:44:02

自由は不自由


日本お母さんは、朝ドラ「スカーレット」の主人公の喜美子の生き方のような女性が多い。ひとりで頑張る必要はないと言ってあげたくなる。多くの喜美子のセリフが今も心に残る。元居候の草間宗一郎が戦争で生き別れた妻と出会うも、他の男性と結婚している事実が分かった時、愛しているのに「手を繋ぐことより難しいことがある。」この言葉が深すぎた。人間模様がうごめくボタンの掛け違い。

 お互い大切におもいやりをもって行動しているのに伝わらない夫婦、「違う」その一言がいえない、言葉を止める意味とは?一生懸命が伝わるから言葉にできない。男女の気持ち、受け取り方の違いをセリフが顕著に表している。これは受け取り・捉え方の違い、男女関係なく起きる現象でもある。演じる役者さんも素晴らし過ぎるね。思わずドラマの主人公になってしまう。○○ロスが発生するのが分かる。ドラマの中の誰かに自分の姿を重ねる。

 時間が空くとひとりブラリとお茶することが好きな私。とても静かなcaféで本を読んでいると、「あれはない」と大きな声のご婦人たちの会話が聞こえきた。人間ウォッチングが好きな私は耳を傾けていつも思う。「健常な人はドラマの話は造りものと理解している。現実的に似たような出来事はある。でもそれはドラマと脇におき、それはそれで終わることができる。しかし心理的に疲れが溜まり過ぎていると、登場人物の誰かに重ねて、ドーンと疲れが増してしまう。」少し冷静になって考えてみよう。確かに自分の人生に似た物語であるけれど、その物語が流行るということは同じような人が多いということ。悩みことが起きた時、冷静に事実・感情・行動の整理ができるといいのだが。その感情は事実だけど、内容は事実とかけ離れていないか?ひとは感情があるからコミュケーションが円満にとれる反面、感情があるから間違ってしまう。時に自分を疲れさせる。

 コミュケーションとは、感情・意思・情報など受け取り、伝えることができる能力。

しかし感情は自分を守り意思・情報を歪曲させる。知らない人には親切に教えるべき、出来る人がするべき、都合がいい受け取り方が出来るのもひとの能力です。本来の心理カウンセリングの役割は、一緒に感情・意思・情報を整理整頓することです。決して正しい・悪いと決めることをしない。あまりにこだわりが強く、偏りが強い時は自己開示をしながらクライアント様の考え方を理解し、自己理解を促す作業を繰り返す。答えを提供して欲しい時に怒りが湧いてくることもあるが、ここを一緒に踏ん張る。教えてばかりでは達成感が育つことはなく、依存関係を強化させてしまう。踏ん張る力は、同じ空間に居ながらも、クライアント様とカウンセラーの線引きを保ち、巻き込まれないカウンセリングを行う。コーチングをしてしまうとそれは本末転倒である。  違う意見を多数決で打ち消し、誰もが同じでないといけない発想に陥ると、物事は全てよい完璧な状態、それ以外は不完全で悪い状態しかないと受け止めがちになる。よい状態でなくなると一気に百点から零点になる、時にマイナス点になってしまう。現実の物事にはメリットとデメリットがあり、どんなものも混沌としている。逆にいえば悪いことにも良い面がある。実際、最悪な出来事に思えたことが、振り返ると大きなチャンスに繋がるということも、しばしば経験する。悪いことの中に良いことを見つけることができれば、それだけの適応力が育まれ、ピンチをチャンスに変えることが上手になる。逆転の発想を大切に物事のよい面を見つける練習ができると楽な生き方ができる。

 気持ちのゆとりがコミュケーション力を高め、物事を達観するということもできるようになっていく。自分の視点から離れ、とらわれを脱することで、高い視点を手に入れることが叶う。ここを上手にスカーレットの物語は取り入れている。「自由は不自由や~」芸術家ジョージ富士川のセリフは、家族のためにやりたいことを封印して生きてきた喜美子にとって一番に困る言葉であり、好き勝手に自由に絵を描くように促されても、フリーズし「何を書いていいのか分からない」と、言葉にすることしかできない姿に、喜美子の人生が垣間見える。自由に子どもと一緒に絵を描くことでこころの蓋が外れ、父の死を悲しみ、涙する、その瞬間に封印が開放されたのであろう。夫が抱きしめてくれる。このような安心感を与える夫の役割を心理師がする。自分はひとりだ、誰も分かってくれないという、誰もが生まれた時からある甘えの気持ちを認め、安心感の根っこを育んでいくことで、自分の道を自由に進むことができる。

 指示されて生きる道しか知らない、自由に動けない人ほど、相手に指示を与える習慣を身に着けてしまう。指示通りに生きることが価値になり、指示され行動している自分しか知らない環境で育ち、「イヤ」と言うことへの罪悪感を植えつけられると、それが正しいと思い込み、同じことを相手にしてしまう。自分の都合ばかり話す人が、自己理解すると、お互いの都合をすり合わせ作業を行うようになる。言い分を聞くべきという思考が発動されなくなる。自分はこんなに指示されて生きてきた、だからあなたもするべきとの深層心理が動くことがなくなる。

 どんなことも、どんな時も選んだのは大人の自分。自由を選ぶことで責任が発生し、責任を背負う覚悟がないと、大人には「自由は不自由」。制約されている方が「ありがとう」と認めてもらうことが増えるという、このからくりに気がつき、やりたいことを明確に、目標達成日を決め。失敗を経験と頭を切り替え、あきらめず忍耐強く行動する。責任を背負う覚悟があれば自由を手に入れることができる。
2020-01-15 09:37:13